貝の隅っこ

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乳がん忘備録【9】

「マジか」

 

2人しかいないMTG室で向かい合って、上長はそう言った。ような気がする。この日のことは、昨日のことのように思い出せるのに、詳細は曖昧だった。でも、普段感情をめったに動かさない上長が、驚いたように声を上げたことが、印象的だった。

先生から伝えられた今後の見通しを伝えて、これから、ご迷惑をおかけすることになると思います、申し訳ありません、と言った。泣き出してしまうかなと思ったけれど、感情がバグっていて、やっぱり私はへらへら笑っていた。

上長は、安い気休めも、安易な励ましも言わなかった。それがなんだか、とても有難かった。大丈夫だよ、なんて言われたら、きっと落ち込んでしまうだろうと思った。とにかく、仕事のことは心配しなくていいと言われ、そこでの話し合いが、数分のことだったのか、数十分のことだったのか、今はさっぱり覚えていないけれど、MTG室を出たときには、入る前より、ほんの少しだけ、気持ちが軽くなっていたような気がした。

 

でも、まだ、一番気が重いことが残っていた。家に帰らなくてはいけなくて、そして家族に伝えなければいけなかった。

定時までのろのろと仕事をして、もたもたと帰り支度をしていると、どんどん暗い気持ちになっていった。一刻も早く、家に帰らなきゃと思うのに、いつまでも帰りたくないとも思っていた。でも、しばらく自席で現実逃避をしていると、上長が「ご飯行く?」と声をかけてきた。

今の上長のもとで1年半働いていて、そんなことを言われたのは初めてだったから驚いた。だって、うちの上長は、そういうタイプの上長ではなかった。基本的に、細かいことには一切、口出しをしないし、仕事も現場の裁量に任せて、でも、困ったときには必ずフォローを入れてくれる、遥か高いところから見守るタイプの人だった。後輩の子は、上長を神様みたいな人だと言っているし、私も上長を人生2、3週目の人だと思っていた。

一瞬迷ったけど、私は、その提案に飛びついた。少しでも、家族に伝えるのを、先延ばしにしたいという気持ちが働いたのかもしれないと思った。いつも、遅くまで残っている上長は、さくっと仕事を切り上げて帰る準備を終えると、何を食べようか、と言ってきた。もちろん、これっぽっちもお腹はすいていなかったけど、ひとまず駅の商業施設に向かうことになった。