貝の隅っこ

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乳がん忘備録【11】

スープ専門店を出ると、駅へ向かう連絡通路は、尋常じゃないくらい混雑していた。

駅に近いとはいえ、この時間にこんなに混むものだったっけ、と、ふと、連絡通路から地上の交差点を眺めてみたら、そこは、テレビでしか見たことのないような人混みで、大変なことになっていた。そうして、気が付いた。

 

今日は、ハロウィン、なのか…………。

 

よく見ると、周りも、地上も、年に1回のコスプレ解禁デーに、浮かれた空気になっていた。人生でトップクラスに落ち込んでいる私とは対照的に、世間はお祭りだった。このときだけは、無宗教なのにイベント事に全力で乗っかる日本人を恨めしく思って、なにがトリックオアトリートだと、心の中で悪態をついた。

 

暗い気持ちのまま家に帰って、家族にろくに挨拶もせずに、すぐさま部屋に直行して、風呂にも入らず、化粧も落とさず、布団の中にもぐった。

私は、嫌なことや、面倒なことは後回しにする癖があるので、今は何も考えずに、とりあえず寝てしまおうと思った。寝るときに、私は、よく夢を見ることが多いので、ガンだったことが夢でよかった、という夢をこれから先もずっと、見ませんようにと、思った。

 

ごとごと、と人の動く音がして、むくり、と起き上がるとダイニングに向かった。ダイニングとキッチンでは、いつもどおり両親が朝食やお仏壇の準備をしていた。いつもの時間より早く起きてきたので、両親は私の姿を見つけると、今日は早いね、と言ってきて、私は両親に話がある、と言って二人をダイニングテーブルの椅子に座らせた。

 

ダメだった。

 

そう言うと、両親の反応も待たずに話を続けた。なるべく深刻にならないように、今後の動きをつらつらと言った。早期発見であることと、でも、手術をしなくてはいけないので、とりあえず病院を決めないといけないことと、順調にいけば、年内に片が付くことを伝えた。

私の想像に反して、両親は全然冷静だった。なので、私も、全然平気だった。両親は、大丈夫なの、とかガンに対する不安を一言も口にすることもなく、じゃあやることやっていきましょ、とからりと言って、その場がお開きになって、朝のルーティンが再開された。

今どき、ガンになる人なんて珍しくもなんともないんだと、話すだけ話して、少しだけ肩の荷が下りた。そうか、ステージ1だし、たいしたことじゃないんだ、と思い直した。

部屋に戻ると姉が起きていて、どうしたの、と聞いてきたので、私は先ほどと同じように明るく話した。でも、姉は嘘でしょう、と泣いて、私を抱きしめた。