貝の隅っこ

話を聞く副業をしています。 初回無料、2回目以降3000円~。詳細は最初の記事にて。

乳がん忘備録【7】

100人中、8人。健康診断で検査を受けて、再検査になる割合らしい。

ネットサーフィンをしていると、そんな記事が飛び込んできた。そして実際に乳がんと診断されるのは、約3%。つまり、100人が再検査を受けて、3人ががんだということだった。

 

それを見て、とんでもない確率じゃないかと、率直に思った。私はそもそも、くじ運がよくなかった。人生における運は抜群にいいのに、景品などが当たる系のものは、ほとんど当たったことがなかった。宝くじの最高額は3000円だし、年賀状のお年玉年賀はがきは、切手シートしか当たらないし、ビンゴ大会ではいつもリーチ止まりだった。

唯一、気合と根性で当てたのは、応援しているグループが某アミューズメントパークを貸し切ってコンサートをするときに、知り合いの協力も得て、関連商品を買い漁って応募したチケットくらいだった。

 

その記事を読んで、少しだけ力が抜けた。再検査だからといって、必要以上に怖がる必要はなかった。もちろん不安は完全には消えなかったけれど、そもそも確率が低いうえに、ご先祖様が守ってくださるだろうと思うと(ウチな結構信心深い家だ)、少しだけ元気になった。

なんとなく、占いも見たりした。私は占いが好きなので、何かイベントごとや、大きな仕事とかがあると、ちゃんとうまくいくだろうかと心配になって、よく見たりする。しかも1か所じゃなくて、複数ハシゴする。

でも、どれも、なにか、劇的なことが起きるような前振りの内容ではなかったので、よかったと思った。

 

ある日、仕事が終わり、帰宅途中、電車の中でいつものように携帯でネットを巡回していると、突然携帯が震えだして、画面が暗くなって、着信画面になった。知らない番号からだった。でも、知らない番号から電話がかかってくる心当たりはひとつしかなかった。

電車の中なので、電話に出られず、留守番電話サービスに切り替わるのを待った。震えが止まったので、かかってきた番号を、ネットの検索窓に打ち込んで確認した。やっぱりクリニックからだった。

電車を乗り換える駅に着いたので、着信画面を出して、連絡通路の真ん中で、掛けなおそうとした。でも、自分でも、思っていた以上に緊張していたようで、なかなかリダイアルボタンを押せなかった。間違いなく、結果が出た連絡だと思った。保留にしておいたおかげで、考えなくてもすんでいた不安が一気に来て、結果が変わるわけでもないのに、聞くのが怖かった。シュレディンガーの猫を思い出した。

 

勇気を出して、掛けなおした。すると話し中だった。張り詰めていた分、大きく息を吐いて、気が抜けた。きっと、今の時間は、いろんな人に連絡をする時間なんだろうと思った。かからないとわかると、今度はリダイアルを連打した。何度かかけて、やっと相手が出ると、やっぱり緊張した。

電話の内容は、思ったとおりだった。結果が出たので、明日クリニックに来れるか?という連絡だった。

明日。急すぎるなと思った。でも、行かない、という選択肢はなかった。

ふと、今、結果だけ教えてくれたりしないかな、と思った。大丈夫でしたよ、とか、結果だけ言ってくれればいいのになと思った。絶対、この、電話の向こうの人は、私の結果を知っているに違いないと思った。

 

次の日、大げさにしたくないので、家族にも、今日結果聞きに行くんだ、と言わずに家を出た。少し経ったころに、「そういえば結果、大丈夫だったよ」と言うつもりだった。

朝、仕事をしていると、またクリニックから電話がかかってきた。廊下に出て、掛けなおすと、今日の再確認だった。問題ない旨を告げて、そういえば、上長に中抜けの連絡をしていないことに気づいた。机に戻って、休憩時間を長めにもらうことをチャットで告げると、不安でもなんでも、いつでも吐き出していいという返事がきた。なんとなく、深刻に受け止められてしまったような気がして、自分の送ったメッセージを読み返すと、昨日の夜、病院から電話がかかってきて、今日行くことになった、といった文面だったので、たしかにものすごく緊急性のある、まずい感じに読めるなと思った。

 

 

**

 

 

それから、私は、クリニックの一室で、先生と対面して座っていた。

このときのことを思い出そうとしても、先生が何を言っていのたか、実はあんまり、よく、覚えていない。

先生は、パソコン画面を見ながら、何か言っていたような気がするけれど、頭がぐらぐらして、気が遠くなりそうで、今言われていることが、現実だということに、なかなか実感は湧いてこなかったような気がする。

よく、頭が真っ白になる、とか聞くけれど、別に真っ白にはなっていなかった気がする。ただ、ずしん、と胸が重くなったような、ぎゅうっと締め付けられるように苦しかったような気がする。聞かなくてはいけないことは、たくさんあるはずなのに、たいしたことは聞けなかったような覚えもある。

気がついたら先生は、私に1枚の紙を渡していた。

そこには4つの病院名が並んでいた。

 

「この中から選ぶといいと思う」

 

すべての片が付くと思っていたはずの日は、全然そんなことはなくて、この一連の流れの、単なる通過点だった。