貝の隅っこ

話を聞く副業をしています。 初回無料、2回目以降3000円~。詳細は最初の記事にて。

乳がん忘備録【25】

いろんな話のなかで、乳がんのステージの話になって、そういえば、ステージっておいくつなんですか?と、出身地を聞くみたいに聞かれたので、私1なんですよ~と返すと、ステージ1なのに、手術するの?と、聞かれた。どういうことなのか聞いてみると、この病院は、ステージ1であれば、切らずに治療できる新しい手法があることでも有名で、2人は入院する前からそれを知っていて、腫瘍が小さいのであれば、その手法にしたらいいのにと、私を不思議そうに見た。でも、私は、そんなことは知らなかったし、説明も受けてないことを言うと、2人は、大事なことだから一度、主治医に聞いたほうがいいと、アドバイスをした。

手術は明日なのに、今更、切らない方法があるなら切らないでほしいなんて言って、中止になるなんてこと、あるんだろうかと思って、でも、2人の言葉に励まされるように、そうしてみますと言って、またしばらく話したあと、じゃあまた、と言ってその場がお開きになった。

ちゃんと覚悟を決めてきたはずなのに、土壇場で意思がブレるような情報を手に入れてしまって、病室への帰り道でぐるぐると考え込んでいると、誰かに相談しようと思い当たって、入院前にも何回かお世話になった、同じ棟の別フロアにある相談支援センターに向かった。相談支援センターは、ほっとするような明るさと、広さのある場所で、受付の看護師さんに、話がしたい旨を告げると、以前相談した看護師さんが出てきて、私のことを覚えてくれていた。

私は、部屋に座るなり、今聞いた話と、手術なんて、しなくていいのであればしたくないことと、第一、結婚だってしていないんだから、胸に傷ができるのはやっぱり嫌だと、そんな話をしていたら、涙が込み上げてきて、手術への不安と恐怖と、ひょっとしたら手術をしなくて済むかもしれないという半端な希望と、ここまでジェットコースターのように過ごしてきた日々が全部押し寄せてきて、告知を受けてから一番、素直に、感情が全部溢れ出て、泣いた。このタイミングで、しかも看護師さんの前では、強がる必要も、涙を隠す必要も、声を押し殺す必要もなくて、とにかく、全部出し切るみたいに、涙と一緒に不安な気持ちを出し切って、看護師さんは、変に励ますこともしないで、ただずっと、私の気が済むまで、泣かせていた。

乳がん忘備録【24】

それから看護師さんに言われた順番に検査室を回っていると、だだっ広い、でも静まり返ったフロアにたどり着いた。待合室には2人だけ女性がいて、2人は少し声を抑えながらおしゃべりしていた。知り合いなのかな、とぼんやり思いながら座っていると、1人が部屋に呼ばれていって、静かになった。でも、しばらくすると、

 

オリエンテーションのとき、一緒だった方ですよね?」

 

と声をかけられて、驚いた。その人を見て、よくよく思い出してみると、手術前のオリエンテーションのときに、隣に座っていた女性だった。看護師さんから、何か質問がありますか、と聞かれたときに、手術のとき、まつエクがついていても大丈夫ですか、と質問をしていて、私も少し前までまつエクをしていて、少し気になった質問だったから、覚えていた。

その女性からの、手術、明日何時からですか?という質問に始まって、つぎつぎに色んな会話が飛び交った。その人も乳がんだった。考えてみれば、事前の同じ検査の待合室にいるのだから、当然だった。同じ状況の人と会話したのは初めてだったので、今の気持ちがわかってもらえることが嬉しくて、またその気持ちも痛いほどわかって、堰を切って話した。先ほど部屋に呼ばれた女性が戻ってきて、その人も実は、知り合ったばかりだと聞いて、今度は3人で話した。検査が私の番になって、行かなくてはいけなくなったときも、名残惜しくその場から立ち去ったけど、検査が終わっても2人はまだそこにいてくれていて、嬉しくなって駆け寄った。検査が終わっても、しばらく部屋に戻らずに、3人で会話をした。

乳がん忘備録【23】

入院当日になった。旅行用のスーツケースを持って、母と一緒に病院に行った。相変わらず病院は混雑していた。そういえば、このころ、私は酷く、時計や目に飛び込んでくる数字が「4」や「42」をとらえてしまって、不吉なようで、怯えていたけれど、受付で案内された入院フロアが11階だと聞いて、ほっとした。でも、11階に到着して、ここの4号室ですと言われると、暗い気持ちになった。でも、ここは2人部屋で、私以外もいるから気にしなくていいや、と気を取り直していたら、洗面台を案内されて、ここの2番をお使いくださいと言われて、いっそ、なんか、すごいと思った。

 

入院当日は、手術に向けた準備で地味に忙しくて、やることもたくさんあった。部屋を案内してくれた人は、そのままフロア内の設備とかを歩きながら説明してくれて、後をついて歩いた。フロアは真ん中にナースステーションがあって、左右にAエリア、Bエリアと分かれていて、同じフロアにランドリーとか、お風呂とか、談話室とか、いろんな部屋があった。ひととおり説明が終わると、まず、当分、お風呂に入れなくなるので、風呂に入るよう勧められた。でも、前日、家で見納めの気持ちとともに風呂に入ってきていて、それに、落ち着かない場所でお風呂に入るのも面倒だと思って、辞退したら、入らないなんて信じられないというリアクションをされて、強く勧められたので、大人しく従った。

乳がん忘備録【22】

入院前日は、ちょっとだけ複雑な案件が来たので、残業をして、ギリギリまで仕事をした。後輩への申し送り事項を書き留めて、上長に挨拶に行くと、また上長がMTG室に誘ってくれたので、お言葉に甘えて話をした。

会話の途中、どういう流れかは忘れたけど、上長はふと思い出したように離席して、戻ってくると、お守りを差し出した。

「手術が終わったら、返してくれればいいから」

聞けばそのお守りは、上長が贔屓にする神様の、しかも現在進行形で上長の身を守っているお守りだった。その気遣いが本当に嬉しくて、私は、必ずお返しします、とそのお守りを受け取った。残業したおかげで、こんないいものを預かることができたと、とても心強かった。

でも、そのお守りは、私にはちょっとだけ、強すぎたようで、会社のエレベーターで下のフロアまで行くと、急に動悸が酷くなり、汗が噴き出して、頭がくらくらした。変なことを言っているようだけれど、事実なのだから仕方なかった。あんなふうに受け取っておいて、返しに行くとか、あり得ないなと思った。でも、どうしても、その場から動けず、会社から離れられず、悩んだ結果、結局足を引きずりながら、また上長のもとに舞い戻った。上長は驚いて、どうしたの、と聞いてきて、再びMTG室へと移動した。私は今起きた出来事を正直に話すと、上長は笑って、私が差し出したお守りを受け取った。このお守りは、上長をずっと守っていて、きっとこれからもそうだった。

乳がん忘備録【21】

入院日のお知らせは、数日前に突然来ると言われていて、少しそわそわしつつも、大分覚悟はできてきていた。せっかく入院するんだから、少しでも快適に過ごすためになんの準備をしたらいいのか検索したりもして、不安半分、ドキドキ半分だった。そんな12月の上旬すぎ、いつもどおり会社で仕事をしていて、机の上に置いていた携帯の液晶が暗くなって、なんとなく見覚えのある番号になるのを見て、ああ来たんだなと思った。

席を外して、電話に出ると、病院の窓口の人らしき男の人の声で入院日が伝えられて、あ、父親の誕生日だ、と思った。当日の時間や、連絡事項を、言われるままにノートに書き留めていたけれど、頭にまったく入っていかなかったので、何度も復唱した。

電話を終えて、オフィスに戻ると、さっきの電話が嘘みたいだと思った。会社で告げられた非日常への招待は、なんだか他人事で、自席に戻れば仕事が待っているから、非日常は紙一重なんだなあと思った。

乳がん忘備録【20】

入院が近づくと、全身麻酔の説明と、入院のオリエンテーション、それから、手術時の輸血についての話がそれぞれ別日にあった。とくに全身麻酔のほうは、今からドキドキで、土壇場になってパニック障害が出てしまったらどうしようと思った。なので、それを言うと、麻酔の先生は、手術室は、何があっても対処できる場所だから安心してくださいと言って、めちゃくちゃ心強いなと思った。でも、じゃあ、当日は先生が担当してくれるんですか、と聞いたら、この日は僕じゃないですね、と笑顔で言った。

入院のオリエンテーションは、いつも通っていた相談センターと同じフロアでやっていた。ちょっとだけ時間に遅刻してしまったので、すみませんと謝りながら席に座った。部屋には5、6人くらい人がいて、同じタイミングで手術をする人たちなのかなと思った。看護師さんが、パワーポイントで作ったと思われるスライドショーを見せながら、入院に必要なものの説明、手術前日の動き、当日の流れ、手術後どうやって過ごすか、退院後のざっくりした説明があった。最後に、何か質問がありますかと看護師さんが聞いてくれて、参加した人たちが自由に質問した。この説明のために会社を抜けて出てきたけれど15分くらいで説明は終わってしまって、また40分かけて会社に戻った。

手術時の輸血は、手術中なにか万が一のときが起きたときの輸血に、事前に採血しておいた自分の血を、輸血に使うことができるという話だった。なんとなく自分の血のほうが、色々都合がよいような気がしたので、お願いをして、いつもの採血よりも多くの血を採ってもらった。でも、この血を使うようなイレギュラーなことは起きないほうがいいんだよなと思った。

乳がん忘備録【19】

手術のだいたいの時期がわかったので、職場の後輩の子たちにガンのことを話した。年内に長めの休みをもらうことは伝えていて、でも、先輩からこんなことを聞かされたら、迷惑だろうなとちょっと思った。2人は少し驚いた顔をしたあとすぐに気を取り直して、仕事のことは任せてください、と言った。今まで仕事で、自分が先輩なんだから、自分がなんとかしなきゃとか、必要以上に思い込んでいたけれど、それは私の傲慢で、もうとっくにそんな必要はなかったんだなと思った。

それから職場の関係各所に、メールを一斉通知して、年内のスケジュールに余裕をもたせてくれるよう連絡をした。ときどき脱出ゲームとかで一緒に遊んだりしてくれる人たちには、直接挨拶がてら、お願いをしに行った。ちょっと長めの休みをもらうことになって、と伝えると、みんないい人たちばかりなので、快く承諾してくれた。

この頃には、手術の前に美味しいものをたくさん食べておこうとか、色々前向きになっていて、お気に入りの薬膳鍋やさんに1人で行ったり、いつも入りたいと思っていたけれど行列ができて入れなかったお店に行ったりもした。私が手術をすることを知っている友達が美味しい焼肉屋さんに誘ってくれたので、普段だったら手を出さない高いお肉も、美味しく食べた。飲み会にも誘われたときも、ちょっとの時間だけとか、参加したりした。もうすぐ自分が、ガンの手術をすることが、嘘みたいなくらい、普通に過ごした。