貝の隅っこ

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乳がん忘備録【31】

先生たちは、私の点滴がついていないことに気づいて、注射の準備に入った。

今度こそ、スっと終わることを期待したけど、やっぱり、入らなかった。ベテランの麻酔の先生が、謝りながら、また刺して、でも無理だったので、みんな困惑していた。注射は手の甲だったので、とても痛くて、麻酔の先生も、ハイ痛いですよーという掛け声と共に刺していた。

 

先生は、「これで失敗したら、プロを呼んできますね」と言ったので、今すぐプロを呼んでほしいなと、思った。他で作業をしていた人が、大丈夫ですか、と言って寄ってきて、これで駄目だったら、〇〇先生呼ぶから、と答えて、その人がプロの先生なんだなと思いつつも、今すぐその人を呼んでほしいなと、もう一回思った。それから、私があまりに痛がるので、「あ、そうだ、先に寝ちゃおうか?」と、いいことを思いついたように言ったので、そんなことってある??と思った。 

 

ドラマでしか見たことのない、透明なマスクが私の口に乗せられて、全身麻酔の準備が始まったけれど、ここで、私のパニック障害が頭を出してきてしまった。マスクで空間が狭まって、息がしづらくなったので、怖い、苦しい、と訴えたら、最初は酸素ですよと言われた。でも、明らかに酸素じゃない、重たい空気が流れこんできて、今度こそ本当に、息がしづらくなった。

怖い、苦しい、とまた訴えて、いったん外してほしいと思ったけど、先生は、はい、吸って―、吐いて―と掛け声をしてきたので、これは外してくれないなと思った。

必死に、言うとおりに、息を吸って、吐くと、ものすごい速さで世界が閉じてきた。明らかに身体が動かなくなって、頭がぼうっとして、息苦しさは減っていった。私が静かになってくると、先生たちはまた点滴と格闘し始めて、薄目を開けてその後ろ姿を見たりした。私は、なんだか不思議な感覚が少し面白くて、どこまで意識があるのか、いつまで身体を動かせるのか、ギリギリまで右手の人差し指を動かそうとした。ぴょこん、と指が動いて、まだ動くんだ、と思った。意識はあるのに、身体が動かなくて、金縛りにかかっているときの感覚に近かった。まだ意識がある、まだ意識がある、面白いな、すごいな、と思いながら、完全に閉じた。